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14  出発

作者: KAZUDONA
last update 最終更新日: 2025-11-22 15:47:24

目が覚めると、キッチンからは香ばしいパンの焼ける匂いが既に漂って来ていた。カリナはベッドから出ると、洗顔などの朝の準備を済ませてからキッチンへと向かった。

「おはよう、今日も早いな」

「おはようございます、カリナ様。もうすぐ準備ができますのでテーブルに着いておいて下さい」

 ルナフレアはてきぱきと朝食の準備を終えると、テーブルには厚切りのトーストやカリカリに焼かれたベーコン、半熟の目玉焼き、そして彩り豊かなサラダが並べられた。

「やはりルナフレアの料理は美味いなぁ」

「まあ、こんな質素なお食事で喜んでもらえるなんて嬉しいです」

 ルナフレアは謙遜しながらも、嬉しそうに微笑んだ。

 朝食を食べ終わると、カリナの着替えをルナフレアが手伝ってくれた。昨日着せられた、あの気恥ずかしくも防御力の高い衣装が装着される。更に昨日買った厚手の黒いコートを手渡された。

「上空は寒いかもしれませんからね。これはアイテムボックスに入れていつでも着れるようにしておいて下さい。体調を崩されては大変ですから」

「ありがとう、準備しておくよ」

 ルナフレアの心遣いが身に染みる。昨日季節外れのコートを買ったのはこういう理由だったのだと理解できた。

「それとお弁当です。休憩する時にでも食べて下さいね」

 ずっしりと重いサンドイッチの包みを渡される。「ありがとう」と言ってそれもアイテムボックスの中に仕舞い込む。

「じゃあ行ってくるよ。なるべく早く帰って来るようにするから」

「はい、お待ちしています。と、その前に……」

 ルナフレアがカリナの右手を取って、左手を重ね合わせる。二人の手が淡く輝き、光の粒子がカリナの右手の甲にある紋章へと収束されていった。

「加護の更新です。何があるかわかりませんから」

「ありがとう。安心感が増した気がする。じゃあ行ってきます」

 カリナはそう言って自室の扉を内側から開けて駆けていった。

「どうか、何事も起こりませんように……」

 ルナフレアはそう言って両手を組んで祈りながら、カリナの小さな背中が見えなくなるまで見送った。

 城内を通り抜けて城門を開ける。そこにはカシューと側近のアステリオン、近衛騎士団隊長のクラウス、戦車隊隊長のガレオス、エクリアとその代行のレミリア、そして王国騎士団副団長のライアンが、カリナが来るのを待っていた。

「これは、こんな朝早くから私の見送りのために集まってくれたのか?」

「そういうことだ、カリナよ。其方からの朗報を期待している」

 国王のロールプレイで威厳たっぷりに話しかけるカシューに、思わず笑みがこぼれる。

「私もサティアの安否は気になるから、よろしくねカリナ。良い知らせを待ってるわ」

 エクリアは人前では完璧な淑女を演じている。その余りの豹変振りにカリナは大笑いしそうになったが、皆の手前ぐっと堪えた。

「我々もカリナ様の安全を祈っております」

 すっかり丸くなったクラウスが礼儀正しく敬礼する。最初に出会ったときの敵意剥き出しの態度とは全く違う様子に毒気を抜かれる。その後もそれぞれから激励の声を掛けられると、カリナは東の地、ルミナス聖光国へ向けて出発するためにペガサスを召喚した。

「じゃあ行ってくるよ。何かあれば通信機で連絡は入れるようにするから。それじゃ」

 ペガサスに跨ると、その純白の翼が大きく広げられ、力強くはためき始めた。ふわりと地上から離れると、上空で旋回し、かなりの速度でペガサスは空を駆けて行った。

「さて、無事にサティアが見つかるといいんだが……」

「どうか致しましたか、陛下?」

 カシューの独り言のような呟きにアステリオンが反応した。

「ここ最近の各国の情勢を各地にいる諜報員に報告させているが、悪魔共が陰で色々と動きを見せている可能性がある。五大国でも何かしらの影響はあるかもしれないということだな」

「確かに最近の悪魔の目撃例は多いですからね。聖光国に何事もなければいいのですが……」

 一行の心配をよそに、カリナはペガサスと空の旅を楽しんでいた。

 ◆◆◆

 眼下にはエデン周辺の街並みが模型のように広がっている。そして更に東に行った先にある平原は、地形が抉れて至る所にクレーターの様なものが出来上がっていた。ここには魔物討伐にエクリアの部隊が出陣していたはずである。荒れた大地を見下ろしながら、やはりエクリアは「災害」級の魔法使いなのだと改めて実感し、苦笑する。

 ペガサスが更に高度を上げると、上空はやはり冷え込んできた。頬を撫でる風が冷たい。ルナフレアから渡されたコートを取り出して身に付けると、ふわりとした温もりに包まれ、幾分かはマシになった。

「やはり上空を飛ぶときは体温管理が大切になってくるな」

 聖光国まではまだ数日の距離がある。適度に休息を取って進まないと参ってしまう可能性がある。それにペガサスの体力も問題になってくる。如何に召喚体とはいえ、長時間の飛行による疲労は蓄積する。カリナは2、3時間に一度は地上に降りて休憩を取るように心掛けた。

 眼下に中規模の街が見えた時には、そこに立ち寄って休むことにした。日が暮れて来たときに、丁度良い規模の街が見えた。今日はここで休むことにしようと思い、ペガサスを降下させる。そして街の広場のような場所に降りると、ペガサスに「また頼むぞ」と言って召喚解除した。

 光の粒子となって送還されていくペガサスと、それに乗って空から降りてきた美少女を見て、広場にいた街の住民達は騒然となった。

「しまった、街の手前で降りるべきだった」

 迂闊なことをしてしまったと思ったが後の祭りである。カリナの周りに興味津々の住民達がわらわらと集まってくる。

「おい見ろよ! あのお嬢ちゃん、ペガサスに乗って来たぞ!」

「高位の召喚獣じゃないか、まだそんなものを扱える召喚士がいたんだな……」

「なんと美しい……空から舞い降りた天使か?」

 物珍しさと畏敬の念が入り混じった視線で囲まれ、わいわいと話しかけられる。それほどまでに今の召喚士は数が少ないのかと、カリナは少ししょんぼりとしてしまった。

「いかにも私は召喚士だ。今日はこの街で宿を取ろうと思ってね。どこかに良い宿がないか紹介してはくれないだろうか?」

 マップ機能を展開すると、ここは『チェスター』という中堅冒険者が集まる街だとわかった。かつては自分もこの辺りでレベリングしていたので、地名くらいは知っている。だが100年の時が流れている訳だし、自分が知っているVAOとは別物だと考えるようにしている。

 ゲーム時代には召喚獣に乗ることなど、地上を走るユニコーンくらいしかできなかった。上空から見下ろすことなどなかったので、到着するまではここが何処なのかはわからなかったのである。

「それなら街の南にここいらじゃ一番立派な宿屋があるぜ。『鹿の角亭』っていう飲食店と一緒になっている店だ。そこは料理も美味いから行ってみるといい」

「ありがとう、行ってみるとするよ」

 親切な住人から情報を聞くと、カリナは人混みを抜け出して歩き始めた。

 昼間はルナフレアから渡されていた弁当を休憩がてらに食べただけだったので、この時間になるとさすがに空腹が酷くなっていた。更に長時間ペガサスに跨っていたのでお尻が痛い。明日はもっと乗り心地の良い召喚体を呼ぶべきかと考えていたところに、後ろから誰かがぶつかって来たので、体重の軽いカリナは前につんのめって転んだ。

「痛たた……。誰だよ急に突っ込んで来たのは」

 身体を起こして振り返るとそこには小さな子供が一人、前のめりに倒れていた。この子がぶつかって来たのだろう。カリナは一瞬スリか何かかもしれないと警戒したが、その子供が必死な顔で泣いていることに気付いて、その線はないと考えを変えた。立ち上がってから手を引いて起こしてやる。

「どうした少年? 何か急ぎの用事か?」

「あ、あううう……」

「男がそんなに泣くんじゃない。何があったのか話してみろ」

 泣き止んだ黒髪の少年は、カリナの首から掛けられているギルドの冒険者章タグを見ると、袖で涙を拭いて話し始めた。

「お姉ちゃんひょっとして冒険者?」

「ああ、私はカリナというBランクの冒険者だよ。それでどうした? 何があった?」

「お父さんとお母さんが帰って来ないんだ。近くの『死者の迷宮』に行ったきり……。もう3日も経つのに……」

「死者の迷宮か……。あそこはアンデッドがウヨウヨしている中級難易度のダンジョンだったな」

「うん、だから連れて行ってくれる冒険者を探していたんだけど……」

 そうやって少年と話している四と、その後ろから四人組の冒険者パーティーらしき者達が走ってやって来た。

「はぁ、はぁ……ようやく追いついたわ」

 明らかにこの少年を追いかけてやって来たと四思われる四人組から少年を自分の後ろに隠し、カリナは警戒の眼差しを向けた。

「何だお前達は? ひょっとして人攫いか?」

 カリナの鋭い視線に射抜かれて、四人組は慌てて「違う違う」と手を振って弁明した。

「じゃあ何の用がある? この少年を追って来た理由は?」

「その子が『死者の迷宮』に一緒に行ってくれる冒険者を探してたのよ、ギルド組合でね。でも誰も取り合ってくれなかったみたいで……。『それなら独りでも行く』って言って飛び出して行ったものだから、私達は心配になって追いかけて来たって訳」

 最初に声を掛けて来た軽装の女戦士がそう説明した。耳が長く尖っている。彼女はエルフだろう。

「そういうことだ。だから俺達は人攫いとかそんなんじゃない」

 巨大な戦斧を背中に背負った重戦士風の男も弁明する。

「何だ、そういうことだったのか。ではお前達がこの子を迷宮に連れて行くつもりなのか?」

「いや、さすがにこんな子供を連れてダンジョンに潜る訳にはいかないからな、俺達が代わりに行くから待ってろって言おうとしたんだけど逃げられちまって……」

 この青年の装備からしてシーフやスカウトだろう。敏捷性に優れ、ダンジョン内での罠探知や宝箱のトラップ解除に長けているクラスである。

「そうか、だったら私がこの子を連れてダンジョンに行くよ。ちゃんと守ってやれば問題はないだろう?」

 カリナには鉄壁の守備力を持つ召喚体のホーリーナイトがいる。それに守らせれば少年の護衛など造作もない。

「ええっ? でもあなたが? まだ小さいのにそんなことができるの?」

 最後に魔法使い風の青いローブを纏った女性が驚きの声を上げる。確かに見た目からしてカリナはまだ幼さが残るファンシーな衣装を着た少女にしか見えないからである。

「できるとも。私の召喚術に不可能はほとんどない」

 そう言ってカリナはそこそこの大きさの胸を張った。

「そこは『ない』じゃないのね……」

 エルフの女性戦士が呆れたようにツッコミを入れる。

「それはそうだろう。全てのことに完璧に対応できる人間なんていない。そんなことができるのは神だけだ。だからほとんどないと言ったんだ」

「でも召喚術だろ? 俺は召喚士をまともに見たことがないんだが、大丈夫なのか?」

 ここでもまた召喚士は不遇扱いなのかと、カリナはうんざりした。ならば実力を見せるまでだと、左手の人差し指を軽く捻っただけで瞬時にシャドウナイトを呼び出し、その大剣の切っ先を軽口を叩いたシーフ風の男の首筋にピタリと突き付けた。

「なっ?! いつの間に? 何て速さの召喚なんだ……」

「これでもまだ当てにならないか?」

 黒騎士を送還してからカリナは不敵に笑ってそう言った。

「い、いや、今ので十分だ。お嬢ちゃんが凄腕の召喚士であることは理解できた」

 重戦士の男が冷や汗を拭いながら、素直にカリナの召喚術の凄さを認めた。

「それに私自身魔法剣士で格闘術の使い手でもある。多少の魔物程度なら召喚術を使うまでもない」

「わかったわ。ならもう止めない。でも私達も心配だから同行させてもらうわ。それでもいいかしら?」

 そのくらいは構わないだろうと思ったカリナは快く承諾した。

「で、少年。お前の名前は何というんだ?」

 ずっとカリナの後ろに隠れていた男の子は、強力な協力者ができたことに安心して前に出た。

「僕はヤコフと言います。お父さんは剣士でジェラール、お母さんは僧侶でクリアです」

「その二人なら組合でも指折りの実力者じゃないの! そんな二人が帰って来ないとなるとさすがに何か起きたとしか考えられない……」

 魔法使いの女性が深刻そうにそんなことを言った。カリナはここにも悪魔の影響が及んでいるのかもしれないと考えた。それならば猶更自分が赴く必要がある。

「わかった。だが今日はもう遅い。夜中にダンジョンに入るなど普通に自殺行為だ。宿を紹介してもらったし、そこでは飲食もできるらしい。そこでお互い自己紹介とでもいこう。ヤコフもそれでいいか?」

「うん、ありがとうカリナお姉ちゃん」

「街の人が紹介するくらいの飲食できる宿屋なら『鹿の角亭』ね? 賑わって席がなくなる前にさっさと行きましょう」

 エルフの女性はそう言って、カリナを案内するために先陣を切って歩き始めた。

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最新チャプター

  • 聖衣の召喚魔法剣士   109  騎士団との稽古

     小鳥のさえずりと共に、カーテンの隙間から柔らかな朝陽が差し込んでくる。カリナは微睡みの中で、包み込まれるような温かさを感じて目を覚ました。「ん……」 目を開けると、すぐ目の前にカグラの穏やかな寝顔があった。昨晩、不安に押しつぶされそうになっていた自分を抱きしめ、一晩中こうして温め続けてくれたのだ。その母性にも似た深い愛情に、カリナの胸が熱くなる。「……ありがとう、カグラ」 カリナはそっと体を起こすと、カグラの肩を優しく揺すった。「おはよう、カグラ。朝だぞ」「んん……。あら、おはようカリナちゃん」 カグラはゆっくりと目を開け、ふわりと微笑んだ。茶色のミディアムヘアが枕に広がり、朝日を浴びて輝いている。「今日も可愛いわね。……気分はどう?」「ああ。御陰で切り替えられたよ。ありがとう」 カリナが素直に礼を言うと、カグラは嬉しそうに目を細めた。二人はベッドから起き上がり、身支度を整える。   カリナはアイテムボックスから、ルナフレアが出発前に持たせてくれた衣装セットの一つを取り出した。「今日はこれにするか」 広げられたのは、繊細かつ豪華な冒険者風のドレスセットだ。   アウターは、リボンとフリルがふんだんにあしらわれた、淡い水色のタイトなロングコート。袖は長袖で、手首に向かって優雅に広がるフレアーなデザインになっており、裾や袖口のフリルが可憐さを演出している。   その下に着るのは、淡い紺色を基調としたミニスカートの冒険者風ドレス。高貴な青色のリボンが胸元を飾り、スカートの内側には純白とピンクの生地が重ねられ、動くたびにチラリと覗く可愛らしい仕様だ。   足元は、太ももまでの長さがある白に黒のデザインが入ったロングニーハイソックスを、ガーターベルトで吊るすスタイル。そして、紺色に黄色のデザインが施されたお洒落なブーツを合わせる。   仕上げに、紫の花を模した髪飾りを、特徴的なクセ毛のツインテールにあしらう。「あら、素敵なデザインね。ルナフレアは本当にいい仕事をするわ」 カグラが感心しながら、着替えを手伝ってくれる。背中のリボンを結び、襟元を整える手つきは、本当に姉が妹の世話を焼くようだ。「よし、完璧よ。お姫様騎士って感じね」「ありがとう、カグラ」 一方のカグラも着替えを済ませていた。彼女の衣装は、いつもの白い狩衣に、今日は高貴

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     エデンを出発してから数時間。   ガルーダの背に揺られ、適度な休憩を挟みながら空の旅を続けていた一行の視界に、夕闇に染まり始めた壮大な石造りの街並みが見えてきた。「見えてきたぞ。あれが騎士国アレキサンドだ」 カリナが指差す先には、湖畔に広がる堅牢な城塞都市があった。エデンのような近代的な魔導都市とは趣が異なり、質実剛健な石造りの建物が整然と並ぶ、まさに「騎士の国」と呼ぶに相応しい景観だ。   そして街の北側、少し小高い丘の上には、街を見下ろすように巨大な王城が鎮座している。夕日を反射して輝くその威容は、大陸の中心国家としての威厳を放っていた。「へぇ、立派なものね。質実剛健、武骨だけど美しいわ」 カグラが扇子で口元を隠しながら感心する。「到着にゃ! お腹空いたにゃー!」 ケット・シー隊員が身を乗り出す中、カリナはガルーダに指示を出し、城下の南門前にある広場へと降下を開始した。 ズズーンッ……! 巨大な黄金の鳥が舞い降り、風圧と共に着地すると、南門を守っていた衛兵達が槍を構えて大騒ぎになった。「な、なんだあの怪鳥は!? 敵襲か!?」「ま、待て! 背中に人が乗っているぞ!」 騒然とする衛兵達の前に、ガルーダが翼を収め、カリナ達が降り立つ。カリナはガルーダを送還すると、警戒する衛兵達の前へと歩み出た。「怪しいものじゃない。私は冒険者のカリナ。エデンのカシュー国王の使いで、レオン・アレキサンド国王陛下に招かれて来たんだ」「ぼ、冒険者だと……? だが、今の巨大な鳥は……」 衛兵隊長らしき男が困惑していると、カグラが優雅に歩み寄り、艶やかな笑みを浮かべた。「あらあら、驚かせてごめんなさいね。この子は私の妹分で、凄腕の召喚術士なのよ。ほら、これが身分証よ」 カグラに促され、カリナは懐から冒険者の組合カードを提示した。そしてカグラもまた、自身のカードを取り出して提示する。カリナのカードには、燦然と輝く『Aランク』の刻印と、『カリナ』の名が刻まれている。 隊長がカードを受け取り、その名前を確認した瞬間、彼の目が驚愕に見開かれた。「カ、カリナ……? まさか、あの『ザラーの街』を襲った悪魔と魔物の大軍を、たった一人で殲滅したという……あの英雄か!?」 その言葉に、周囲の衛兵達もざわめき立つ。ザラーの街の防衛戦は、アレキサンド国内でも今伝説として語

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