Masuk目が覚めると、キッチンからは香ばしいパンの焼ける匂いが既に漂って来ていた。カリナはベッドから出ると、洗顔などの朝の準備を済ませてからキッチンへと向かった。
「おはよう、今日も早いな」
「おはようございます、カリナ様。もうすぐ準備ができますのでテーブルに着いておいて下さい」
ルナフレアはてきぱきと朝食の準備を終えると、テーブルには厚切りのトーストやカリカリに焼かれたベーコン、半熟の目玉焼き、そして彩り豊かなサラダが並べられた。
「やはりルナフレアの料理は美味いなぁ」
「まあ、こんな質素なお食事で喜んでもらえるなんて嬉しいです」
ルナフレアは謙遜しながらも、嬉しそうに微笑んだ。
朝食を食べ終わると、カリナの着替えをルナフレアが手伝ってくれた。昨日着せられた、あの気恥ずかしくも防御力の高い衣装が装着される。更に昨日買った厚手の黒いコートを手渡された。
「上空は寒いかもしれませんからね。これはアイテムボックスに入れていつでも着れるようにしておいて下さい。体調を崩されては大変ですから」
「ありがとう、準備しておくよ」
ルナフレアの心遣いが身に染みる。昨日季節外れのコートを買ったのはこういう理由だったのだと理解できた。
「それとお弁当です。休憩する時にでも食べて下さいね」
ずっしりと重いサンドイッチの包みを渡される。「ありがとう」と言ってそれもアイテムボックスの中に仕舞い込む。
「じゃあ行ってくるよ。なるべく早く帰って来るようにするから」
「はい、お待ちしています。と、その前に……」
ルナフレアがカリナの右手を取って、左手を重ね合わせる。二人の手が淡く輝き、光の粒子がカリナの右手の甲にある紋章へと収束されていった。
「加護の更新です。何があるかわかりませんから」
「ありがとう。安心感が増した気がする。じゃあ行ってきます」
カリナはそう言って自室の扉を内側から開けて駆けていった。
「どうか、何事も起こりませんように……」
ルナフレアはそう言って両手を組んで祈りながら、カリナの小さな背中が見えなくなるまで見送った。
城内を通り抜けて城門を開ける。そこにはカシューと側近のアステリオン、近衛騎士団隊長のクラウス、戦車隊隊長のガレオス、エクリアとその代行のレミリア、そして王国騎士団副団長のライアンが、カリナが来るのを待っていた。
「これは、こんな朝早くから私の見送りのために集まってくれたのか?」
「そういうことだ、カリナよ。其方からの朗報を期待している」
国王のロールプレイで威厳たっぷりに話しかけるカシューに、思わず笑みがこぼれる。
「私もサティアの安否は気になるから、よろしくねカリナ。良い知らせを待ってるわ」
エクリアは人前では完璧な淑女を演じている。その余りの豹変振りにカリナは大笑いしそうになったが、皆の手前ぐっと堪えた。
「我々もカリナ様の安全を祈っております」
すっかり丸くなったクラウスが礼儀正しく敬礼する。最初に出会ったときの敵意剥き出しの態度とは全く違う様子に毒気を抜かれる。その後もそれぞれから激励の声を掛けられると、カリナは東の地、ルミナス聖光国へ向けて出発するためにペガサスを召喚した。
「じゃあ行ってくるよ。何かあれば通信機で連絡は入れるようにするから。それじゃ」
ペガサスに跨ると、その純白の翼が大きく広げられ、力強くはためき始めた。ふわりと地上から離れると、上空で旋回し、かなりの速度でペガサスは空を駆けて行った。
「さて、無事にサティアが見つかるといいんだが……」
「どうか致しましたか、陛下?」
カシューの独り言のような呟きにアステリオンが反応した。
「ここ最近の各国の情勢を各地にいる諜報員に報告させているが、悪魔共が陰で色々と動きを見せている可能性がある。五大国でも何かしらの影響はあるかもしれないということだな」
「確かに最近の悪魔の目撃例は多いですからね。聖光国に何事もなければいいのですが……」
一行の心配をよそに、カリナはペガサスと空の旅を楽しんでいた。
◆◆◆ 眼下にはエデン周辺の街並みが模型のように広がっている。そして更に東に行った先にある平原は、地形が抉れて至る所にクレーターの様なものが出来上がっていた。ここには魔物討伐にエクリアの部隊が出陣していたはずである。荒れた大地を見下ろしながら、やはりエクリアは「災害」級の魔法使いなのだと改めて実感し、苦笑する。ペガサスが更に高度を上げると、上空はやはり冷え込んできた。頬を撫でる風が冷たい。ルナフレアから渡されたコートを取り出して身に付けると、ふわりとした温もりに包まれ、幾分かはマシになった。
「やはり上空を飛ぶときは体温管理が大切になってくるな」
聖光国まではまだ数日の距離がある。適度に休息を取って進まないと参ってしまう可能性がある。それにペガサスの体力も問題になってくる。如何に召喚体とはいえ、長時間の飛行による疲労は蓄積する。カリナは2、3時間に一度は地上に降りて休憩を取るように心掛けた。
眼下に中規模の街が見えた時には、そこに立ち寄って休むことにした。日が暮れて来たときに、丁度良い規模の街が見えた。今日はここで休むことにしようと思い、ペガサスを降下させる。そして街の広場のような場所に降りると、ペガサスに「また頼むぞ」と言って召喚解除した。
光の粒子となって送還されていくペガサスと、それに乗って空から降りてきた美少女を見て、広場にいた街の住民達は騒然となった。
「しまった、街の手前で降りるべきだった」
迂闊なことをしてしまったと思ったが後の祭りである。カリナの周りに興味津々の住民達がわらわらと集まってくる。
「おい見ろよ! あのお嬢ちゃん、ペガサスに乗って来たぞ!」
「高位の召喚獣じゃないか、まだそんなものを扱える召喚士がいたんだな……」
「なんと美しい……空から舞い降りた天使か?」
物珍しさと畏敬の念が入り混じった視線で囲まれ、わいわいと話しかけられる。それほどまでに今の召喚士は数が少ないのかと、カリナは少ししょんぼりとしてしまった。
「いかにも私は召喚士だ。今日はこの街で宿を取ろうと思ってね。どこかに良い宿がないか紹介してはくれないだろうか?」
マップ機能を展開すると、ここは『チェスター』という中堅冒険者が集まる街だとわかった。かつては自分もこの辺りでレベリングしていたので、地名くらいは知っている。だが100年の時が流れている訳だし、自分が知っているVAOとは別物だと考えるようにしている。
ゲーム時代には召喚獣に乗ることなど、地上を走るユニコーンくらいしかできなかった。上空から見下ろすことなどなかったので、到着するまではここが何処なのかはわからなかったのである。
「それなら街の南にここいらじゃ一番立派な宿屋があるぜ。『鹿の角亭』っていう飲食店と一緒になっている店だ。そこは料理も美味いから行ってみるといい」
「ありがとう、行ってみるとするよ」
親切な住人から情報を聞くと、カリナは人混みを抜け出して歩き始めた。
昼間はルナフレアから渡されていた弁当を休憩がてらに食べただけだったので、この時間になるとさすがに空腹が酷くなっていた。更に長時間ペガサスに跨っていたのでお尻が痛い。明日はもっと乗り心地の良い召喚体を呼ぶべきかと考えていたところに、後ろから誰かがぶつかって来たので、体重の軽いカリナは前につんのめって転んだ。
「痛たた……。誰だよ急に突っ込んで来たのは」
身体を起こして振り返るとそこには小さな子供が一人、前のめりに倒れていた。この子がぶつかって来たのだろう。カリナは一瞬スリか何かかもしれないと警戒したが、その子供が必死な顔で泣いていることに気付いて、その線はないと考えを変えた。立ち上がってから手を引いて起こしてやる。
「どうした少年? 何か急ぎの用事か?」
「あ、あううう……」
「男がそんなに泣くんじゃない。何があったのか話してみろ」
泣き止んだ黒髪の少年は、カリナの首から掛けられているギルドの冒険者章タグを見ると、袖で涙を拭いて話し始めた。
「お姉ちゃんひょっとして冒険者?」
「ああ、私はカリナというBランクの冒険者だよ。それでどうした? 何があった?」
「お父さんとお母さんが帰って来ないんだ。近くの『死者の迷宮』に行ったきり……。もう3日も経つのに……」
「死者の迷宮か……。あそこはアンデッドがウヨウヨしている中級難易度のダンジョンだったな」
「うん、だから連れて行ってくれる冒険者を探していたんだけど……」
そうやって少年と話している四と、その後ろから四人組の冒険者パーティーらしき者達が走ってやって来た。
「はぁ、はぁ……ようやく追いついたわ」
明らかにこの少年を追いかけてやって来たと四思われる四人組から少年を自分の後ろに隠し、カリナは警戒の眼差しを向けた。
「何だお前達は? ひょっとして人攫いか?」
カリナの鋭い視線に射抜かれて、四人組は慌てて「違う違う」と手を振って弁明した。
「じゃあ何の用がある? この少年を追って来た理由は?」
「その子が『死者の迷宮』に一緒に行ってくれる冒険者を探してたのよ、ギルド組合でね。でも誰も取り合ってくれなかったみたいで……。『それなら独りでも行く』って言って飛び出して行ったものだから、私達は心配になって追いかけて来たって訳」
最初に声を掛けて来た軽装の女戦士がそう説明した。耳が長く尖っている。彼女はエルフだろう。
「そういうことだ。だから俺達は人攫いとかそんなんじゃない」
巨大な戦斧を背中に背負った重戦士風の男も弁明する。
「何だ、そういうことだったのか。ではお前達がこの子を迷宮に連れて行くつもりなのか?」
「いや、さすがにこんな子供を連れてダンジョンに潜る訳にはいかないからな、俺達が代わりに行くから待ってろって言おうとしたんだけど逃げられちまって……」
この青年の装備からしてシーフやスカウトだろう。敏捷性に優れ、ダンジョン内での罠探知や宝箱のトラップ解除に長けているクラスである。
「そうか、だったら私がこの子を連れてダンジョンに行くよ。ちゃんと守ってやれば問題はないだろう?」
カリナには鉄壁の守備力を持つ召喚体のホーリーナイトがいる。それに守らせれば少年の護衛など造作もない。
「ええっ? でもあなたが? まだ小さいのにそんなことができるの?」
最後に魔法使い風の青いローブを纏った女性が驚きの声を上げる。確かに見た目からしてカリナはまだ幼さが残るファンシーな衣装を着た少女にしか見えないからである。
「できるとも。私の召喚術に不可能はほとんどない」
そう言ってカリナはそこそこの大きさの胸を張った。
「そこは『ない』じゃないのね……」
エルフの女性戦士が呆れたようにツッコミを入れる。
「それはそうだろう。全てのことに完璧に対応できる人間なんていない。そんなことができるのは神だけだ。だからほとんどないと言ったんだ」
「でも召喚術だろ? 俺は召喚士をまともに見たことがないんだが、大丈夫なのか?」
ここでもまた召喚士は不遇扱いなのかと、カリナはうんざりした。ならば実力を見せるまでだと、左手の人差し指を軽く捻っただけで瞬時にシャドウナイトを呼び出し、その大剣の切っ先を軽口を叩いたシーフ風の男の首筋にピタリと突き付けた。
「なっ?! いつの間に? 何て速さの召喚なんだ……」
「これでもまだ当てにならないか?」
黒騎士を送還してからカリナは不敵に笑ってそう言った。
「い、いや、今ので十分だ。お嬢ちゃんが凄腕の召喚士であることは理解できた」
重戦士の男が冷や汗を拭いながら、素直にカリナの召喚術の凄さを認めた。
「それに私自身魔法剣士で格闘術の使い手でもある。多少の魔物程度なら召喚術を使うまでもない」
「わかったわ。ならもう止めない。でも私達も心配だから同行させてもらうわ。それでもいいかしら?」
そのくらいは構わないだろうと思ったカリナは快く承諾した。
「で、少年。お前の名前は何というんだ?」
ずっとカリナの後ろに隠れていた男の子は、強力な協力者ができたことに安心して前に出た。
「僕はヤコフと言います。お父さんは剣士でジェラール、お母さんは僧侶でクリアです」
「その二人なら組合でも指折りの実力者じゃないの! そんな二人が帰って来ないとなるとさすがに何か起きたとしか考えられない……」
魔法使いの女性が深刻そうにそんなことを言った。カリナはここにも悪魔の影響が及んでいるのかもしれないと考えた。それならば猶更自分が赴く必要がある。
「わかった。だが今日はもう遅い。夜中にダンジョンに入るなど普通に自殺行為だ。宿を紹介してもらったし、そこでは飲食もできるらしい。そこでお互い自己紹介とでもいこう。ヤコフもそれでいいか?」
「うん、ありがとうカリナお姉ちゃん」
「街の人が紹介するくらいの飲食できる宿屋なら『鹿の角亭』ね? 賑わって席がなくなる前にさっさと行きましょう」
エルフの女性はそう言って、カリナを案内するために先陣を切って歩き始めた。
「うわぁ、凄い流れですにゃ。落ちたら溺れるにゃ」「泳いでいくしかなさそうだな。だが……」 カリナは自身の服――メイド隊が丹精込めて作った猫耳フードのローブを見た。この激流に服を着たまま飛び込めば、水の抵抗で動きが鈍るし、何よりこの服が台無しになってしまう。ルナフレアは「側付き」としてカリナに尽くしてくれているが、その愛が重い分、服を粗末に扱うと後が怖い気がする。「脱ぐぞ、隊員」「へ? ここでですかにゃ?」「ああ。濡れた服は重りになる。それに服をダメにしたらルナフレアに何を言われるか分からん」 カリナは躊躇なくローブとインナーを脱ぎ捨て、全裸になると、それらを素早く畳んでアイテムボックスに放り込んだ。隊員も自分の装備をしまう。「しっかり掴まってろよ!」「はいにゃ!」 カリナは裸のまま隊員を胸に抱くと、助走をつけて暗い水面へと躍り出た。 バッシャァァンッ!! 突き刺すような冷たさが全身を包む。流れは速いが、カリナの身体能力ならば制御不能というほどではない。彼女は水流に身を任せつつ、出口を目指して激流に流され続けた。 ◆◆◆ 数十分後。暗い水路の先に光が見え、カリナ達は勢いよく外の世界へと吐き出された。 ザバァァァッ! 顔を出したのは、世界樹の森の一角にある静かな泉だった。結界の外に出たようだ。カリナは浅瀬に上がり、濡れた髪をかき上げた。太陽の光が濡れた肢体を照らし、水滴が真珠のように白い肌を滑り落ちる。「ぷはぁ、冷たかったな。風邪を引く前に拭かないと」 アイテムボックスからバスタオルを取り出し、隊員と自分の水気を拭き取っていると――不意に背後の茂みが揺れ、人の気配がした。「……誰だ」 カリナはタオルで身体を拭きつつ、鋭い視線を向ける。そこに立っていたのは、深緑のローブを目深に被り、顔を隠した男だった。男は一瞬息を呑み、呆然とカリナを見つめていたが、やがて低い声で尋ねてきた。「……お前は、精霊か?」 森の奥深く、清らかな泉に佇む全裸の美少女。その神秘的な光景に、男は人ならざるものを見たような錯覚を覚えたようだった。だが、カリナは冷静に首を横に振る。「いや、私は冒険者だ」「隊長は最強の召喚士にゃ、控えおろうにゃ」「……そうか。すまない、あまりにも精霊のように美しかったもので、見間違えたようだ」 男はフードの下でバツが悪
一夜明け、ザラーの街に清々しい朝が訪れた。窓から差し込む陽光に目を細めながら、カリナはベッド脇の例の「メイド隊からの衣装」セットの二つ目を取り出した。「……さて、今日の『着せ替え』はなんだ?」 恐る恐る広げたその衣装を見て、カリナは天を仰いだ。「あいつら……本当に森に行く気があるのか?」 そこに入っていたのは、白を基調とし、鮮やかな黄緑と黄色のリボンやフリルがあしらわれた、体のラインが出るタイトなローブ。しかもフードには、ふっくらとした「猫耳」がついている。インナーは紫に白と黒のデザインが施されたシックなワンピースだが、足元はガーターベルト付きの白いニーハイソックスに、黒地に白いラインが入ったショートブーツという、絶対領域を強調するような組み合わせだ。「防御力と動きやすさは最高級の素材らしいが……この猫耳は必要なのか? 完全にコスプレじゃないか」 ブツブツ文句を言いつつも着替えて鏡の前に立つと、そこにはあざといほどに可愛い「猫耳魔法少女」が完成していた。悔しいが、サイズも完璧だ。「ま、誰も見てない森の中だ。我慢するか」 フードを被って猫耳をピコピコさせながら、身だしなみを整えて隊員と共に階下へ降りる。「おはようございますにゃ、隊長。今日もバッチリ可愛いですにゃ」 「うるさい。行くぞ」 食堂に降りると、女将さんが満面の笑みで駆け寄ってきた。「おはよう、英雄さん! 昨日はあんたのおかげで、夜遅くまで祝杯を挙げる客で大忙しだったよ! 街を救ってくれて本当にありがとうねぇ」「いや、私はただのきっかけだ。皆が頑張ったからだよ」「謙虚だねぇ。さあ、今日はサービスで特盛にしておいたよ! しっかりおあがり!」 出された朝食は、厚切りのベーコンエッグに、山盛りのサラダ、そして焼きたてのパンと具沢山のスープ。カリナと隊員は感謝してそれを平らげ、エネルギーを充填した。 宿を出て、人目が少ない場所でペガサスを召喚する。カリナは猫耳フードを抑えながら天馬に跨り、北西の空へと舞い上がった。 ◆◆◆ ザラーの街を離れ、しばらく飛ぶと、眼下の景色は荒野から深い緑へと変わっていった。 『世界樹の森』。 その名の通り、視界の果てまで続く樹海だ。そしてその遥か彼方には、雲を突き抜けるほど巨大な一本の樹――世界樹が鎮座している。「でかいな……。遠近感がお
「うおおおおおおっ!! 勝ったぞぉぉぉぉ!!」 「我々の勝利だ! アレキサンド万歳! 緑の戦女神、万歳!」 総裁バズズが燃え尽き、残った魔物の群れが霧散したのを見届けた瞬間、砦に詰めていた騎士達や冒険者達から、大地を揺るがすような歓声が爆発した。彼らは武器を放り出し、兜を脱ぎ捨てて、戦場の中心で悪魔の素材を回収していたカリナの元へと駆け寄ってくる。「すげえ……本当に一人で、軍勢ごと悪魔を倒しちまったぞ……!」 「なんて強さだ、それに近くで見ると本当にお人形さんのように可愛らしい……!」 「あの細い腕のどこにあんな力が……。まさに戦場に降り立った女神だ!」 血と土埃にまみれたむさ苦しい男達が、キラキラした尊敬の眼差しでカリナを取り囲み、口々に称賛を浴びせる。その中心で、カリナの肩に乗ったケット・シー隊員は、ふんぞり返るように胸を張り、これ以上ないほどのドヤ顔を晒していた。「ふっふーん! 見たのにゃお前達! これが隊長の実力にゃ! もっと褒めて、もっと崇めるにゃ!」 まるで自分が倒したかのような態度だが、誰もそれを咎めない。むしろ「何だこの猫可愛いな」と頭を撫でられ、満更でもなさそうだ。 一方、当のカリナは居心地が悪そうに頬を掻いた。「いや、戦乙女とか女神とか、そういうのは止めてくれ。私はただの冒険者だよ」「ご謙遜を! 貴女様は今日、間違いなくこのザラーの街を、いや、アレキサンドの危機を救って下さったのです!」 指揮官を務めていたアレキサンドの騎士団長らしき男が、カリナの前に進み出て最敬礼をした。「この武功、必ずや本国のアレキサンド国王陛下にご報告致します。貴女様のような英雄が訪れてくれたとなれば、陛下も大層お喜びになるでしょう。是非いつか、王都へもお越しください。国を挙げて歓迎致します!」「あ、ああ……機会があればな」 熱烈な歓迎ぶりに、カリナはタジタジだ。このままでは胴上げでもされかねない雰囲気を感じ取り、カリナは素早く空を見上げた。「では、私は報告があるから戻る。後は任せるよ」「はっ! この御恩は忘れません! 緑の戦乙女に栄光あれ!」「戦乙女に栄光あれ!!」 数百人の兵士達が一斉に剣を掲げ、勝鬨を上げる。その熱狂的な声を背に受けて、カリナは再びペガサスを召喚し、隊員と共に空へと舞い上がった。 太陽はまだ高く、まぶしい日差しが照り
ヒースの部屋を出てロビーに戻ると、そこは殺気立った空気に包まれていた。 負傷している者、装備を点検して飛び出していく者。怒号と悲鳴が飛び交う中、数人の冒険者が地図を囲んで深刻な顔で話し合っているのが耳に入った。「南西の防衛線が危ない! 急造の砦を築いて凌いでいるが、魔物の数が多すぎる!」 「正規軍の騎士団も限界だ。このままじゃザラーまで雪崩れ込んでくるぞ!」 彼らの会話を聞いたカリナは、迷わず彼らの元へと歩み寄った。「その南西の砦、私が加勢に行こう」 凛とした声に、冒険者達が振り返る。だが、彼らの目に映ったのは、フリルたっぷりの緑のドレスコートを着た、深窓の令嬢のような美少女と、二足歩行の猫だった。「はぁ? なんだお嬢ちゃん、迷子か?」 「悪いが今は遊んでる場合じゃねぇんだ。お人形さんごっこなら他所でやってくれ」 男達は呆れたように手を振って追い払おうとする。無理もない。この血生臭い状況に、カリナの姿はあまりにも不釣り合いだった。「遊びじゃない。私は冒険者だ。その砦に向かうと言っているんだ」 カリナが出口へ向かおうとすると、男達が慌てて立ちはだかった。「おい待て待て! 死にに行く気か!?」 「そこはピクニックに行く場所じゃねぇんだぞ! そんなフリフリの恰好で戦場に行ってみろ、魔物の餌になるだけだ!」 「悪いことは言わねぇ、家に帰ってママのミルクでも飲んでな!」「隊長は凄いのにゃ! お前達こそ控えおろうなのにゃ!」 彼らは本気で心配し、必死に止めようとしている。根は良い奴らなのだろう。だが、今は一刻を争う。カリナは懐からAランクのギルドカードを取り出し、彼らの目の前に提示した。「忠告は感謝する。だが、心配は無用だ。私はAランク冒険者のカリナ。組合長ヒースからも直々に討伐の許可を得ている」 黄金色に輝くカードを見た瞬間、男達の顔色が変わり、ロビー中がどよめいた。「え、Aランク……!? この歳でか!?」 「ま、待てよ、カリナって……あのルミナス聖光国を救ったっていう、エデンの凄腕召喚士か!?」 噂はここまで届いていたらしい。彼らの表情が、驚愕から縋るような希望へと変わる。「あんたがあの英雄なのか……?! 俺達じゃどうにもなんねぇ数なんだ! 頼む、仲間達を助けてやってくれ!」「ああ、任された。吉報を待っていてくれ」「任せておくにゃ」
エデンを飛び立ち、ペガサスに乗って北西へ。眼下には雄大な景色が広がる。高度が上がるにつれ風は冷たくなり始めていたが、ペガサスの発する魔力の加護と、ルナフレアから渡された厚手のコートのおかげで、空の旅は快適そのものだった。 やがて右手遠くに、堅牢な城壁に囲まれた巨大な都市が見えてきた。無数の塔と城壁が幾重にも連なる、武骨ながらも美しい石造りの国。「あれが初期五大国の一つ、今の騎士国アレキサンドか……」 かつてゲーム時代、メインキャラであるカーズも、そしてこのサブキャラであるカリナも、冒険のスタート地点として選んだのがこの国だった。騎士や剣士など、物理防御と攻撃に特化した兵科を多く輩出する国。兄設定であるカーズがカシュー達とエデンを建国するずっと前、初心者時代に剣の腕を磨いた場所でもある。懐かしい景色に目を細めつつ、カリナはそこを通過し、さらに西へと進路を取った。 何度か地上に降りてペガサスを休ませ、隊員と軽食をとりながら進むうちに、太陽は西の地平線へと沈みかけ、空が紫と茜色のグラデーションに染まり始めた。「隊長、そろそろ日が暮れますにゃ。お腹も空いたにゃ」「そうだな。夜間の飛行は視界も悪いし、今日はこの辺りで宿をとろう」 カリナは眼下に見えてきた街の近くにペガサスを降ろした。労いの言葉と共に送還し、隊員を連れて徒歩で街の南門へと向かう。 見えてきたのは、高い石壁に囲まれた街。近づくにつれ、カリナは違和感を覚えた。記憶にあるここ「ザラーの街」は、ゲーム開始直後のプレイヤーが集まる、のどかで開放的な初心者用の街だったはずだ。 だが、目の前にあるのは、無数の傷跡が刻まれた分厚い城壁と、物々しいバリケード。100年という時は、平和だった始まりの街を、魔物の脅威に晒される最前線の拠点へと変貌させていたのだ。 石造りの門の前には、二人の兵士が立っていた。槍を持ち、アレキサンドの紋章が入った鎧を着ているが、その眼差しは鋭く、妙に殺気立っている。「止まれ。これより先はアレキサンド領ザラーの街だ。身分証の提示を」「ああ、冒険者だ」 カリナは首に掛けていたギルドカードを外し、兵士に手渡した。兵士は事務的な手つきでカードを受け取り、そこに刻まれたランクと名前を確認する。そして次の瞬間、その目が驚愕に見開かれた。「えっ……Aランク!? それに、名前はカリナ……
演習場での模擬戦は、カリナの圧倒的な勝利に終わった。リーサは完膚なきまでに叩きのめされたが、その表情は晴れやかだった。目の当たりにした召喚術の神髄に、彼女は心の底から感動していたのだ。 その後、一行は玉座の間へと移動した。カシュー王が玉座に腰を下ろし、エクリア、アステリオン、レミリア、そしてカリナとリーサがその前に並ぶ。騎士団の面々やルナフレアは、少し離れた場所で見守っていた。 カシュー王が威厳のある声で告げる。「これより、エルフの召喚士リーサを、エデン王国筆頭召喚術士カリナの代行として任命する」リーサは緊張した面持ちで、カシュー王の言葉に耳を傾ける。「リーサよ、カリナはエデンの特記戦力であり、その力は我が国の要である。しかし、彼女は多忙な身であり、常にこの地に留まることはできない。其方には、彼女の不在時にその力を代行し、エデンを守る重要な役割を担ってもらいたい」「ははっ、身に余る光栄にございます」 リーサは深く頭を下げ、カシュー王の言葉を承諾した。「カリナ、其方からも言葉をかけてやってくれ」 カシュー王に促され、カリナが前に出る。彼女はリーサを見つめ、静かに語りかけた。「リーサ、お前の実力は認める。だが、召喚術の道は険しい。決して慢心せず、精進を怠るなよ」「はい! 肝に銘じます、師匠!」「だから師匠はやめろと言っただろう」 カリナは苦笑しながらも、リーサの熱意を嬉しく思っていた。「リーサ、お前には期待している。エデンを、そして民を守るために、力を貸してくれ」「はい! この命に代えても、エデンをお守りします!」 リーサは力強く宣言し、カリナに忠誠を誓った。その瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。 カシュー王は満足げに頷き、玉座から立ち上がった。「うむ。これにて任命式を終了する。皆の者、これからもエデンのために力を尽くしてくれ!」「はっ!」 玉座の間に、騎士達の力強い声が響き渡る。 こうして、エデンに新たな優秀な召喚士が加わった。リーサはカリナの代行として、そして一番弟子として、召喚術の道を歩み始めることとなる。 その後、カシュー王は皆を労い、祝宴が開かれることとなった。宴の席では、騎士達がカリナの武勇伝を語り合い、リーサも熱心に耳を傾けていた。 カリナはルナフレアにジュースのグラスを傾けながら、静かに呟いた。「これ